| FollowBaneの活動記録、他、書きたい事を書きたい時に。。 |

FollowBane 1stミニアルバム 『Steal Tempest』限定再販決定。
予約受付中。
詳細は、オフィシャルサイトにて。
[FollowBane discography]
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[青春を取り戻す会(1)へ]

勢いをつけたヒヤシンスは、短期間に10曲を録音し、アルバム的なモノを作った。
内容は、替え歌であったり、オリジナルであったり、時には語りのみであったり、ノイズであったり。
そして、どのトラックも自分達と回りの仲間だけが楽しめ、笑える内容だった。
多くの他人に聴かす必要もなく、と言うか、内容的にも、権利的にも、一般公開できるようなモノではなかった。
が、それでよかった。
アルバムを聴いた仲間の一人が、「500円で買うわ」と言いだした。
お金儲けをするつもりもなかったが、ダビングしたカセットテープ代+数十円の手間賃で売る事になった。
それをきっかけに何故か何人もの人が買っていきはじめた。
当時はCD-Rなんて持っていなかったので、MD又はカセットテープにメンバーの手作業でダビング、手書きのタイトル。
これがまた楽しかった。
より勢いをつけたヒヤシンスは、より短期間で2ndアルバム的なものを創った。
今度は、より多くの人に聴いてもらえるような内容に。。。
。。。なんて考えは全く生まれず。
さらに自分達の楽しみを追求していた。
全27曲。
気付けばそのうち半分ほどが、ちょっとした小ネタのようなものになっていた。
例えば、メンバーの一人がドラムに頭をぶつけて「ぁ痛っ!」。
これで1トラック。
全く意味不明だが、録音現場では大爆笑だった。
とにかく楽しくてしょうがなかったのだろう。
そこに自分達の理想の世界が創られていくようだった。
普通なら高校生活、青春の一番の思い出になったかもしれないフツーのバンド活動。
しかし、その裏プロジェクトのようなヒヤシンスが、それを遥かに超える存在となっていた。
1st、2nd合わせて何本(枚)出回ったのか、僕は把握していない。
知っている人だけで20人ほどだったような。
主にvocal担当のHが普及活動をしていたが、数十本(枚)、いや、全て合わせると100本(枚)近く出回っていたかもしれない。
。
。
。
。
数年後、恥ずかしさが出てきたのか、Hは回収したいと言っていたが(笑)
つづく。。。

勢いをつけたヒヤシンスは、短期間に10曲を録音し、アルバム的なモノを作った。
内容は、替え歌であったり、オリジナルであったり、時には語りのみであったり、ノイズであったり。
そして、どのトラックも自分達と回りの仲間だけが楽しめ、笑える内容だった。
多くの他人に聴かす必要もなく、と言うか、内容的にも、権利的にも、一般公開できるようなモノではなかった。
が、それでよかった。
アルバムを聴いた仲間の一人が、「500円で買うわ」と言いだした。
お金儲けをするつもりもなかったが、ダビングしたカセットテープ代+数十円の手間賃で売る事になった。
それをきっかけに何故か何人もの人が買っていきはじめた。
当時はCD-Rなんて持っていなかったので、MD又はカセットテープにメンバーの手作業でダビング、手書きのタイトル。
これがまた楽しかった。
より勢いをつけたヒヤシンスは、より短期間で2ndアルバム的なものを創った。
今度は、より多くの人に聴いてもらえるような内容に。。。
。。。なんて考えは全く生まれず。
さらに自分達の楽しみを追求していた。
全27曲。
気付けばそのうち半分ほどが、ちょっとした小ネタのようなものになっていた。
例えば、メンバーの一人がドラムに頭をぶつけて「ぁ痛っ!」。
これで1トラック。
全く意味不明だが、録音現場では大爆笑だった。
とにかく楽しくてしょうがなかったのだろう。
そこに自分達の理想の世界が創られていくようだった。
普通なら高校生活、青春の一番の思い出になったかもしれないフツーのバンド活動。
しかし、その裏プロジェクトのようなヒヤシンスが、それを遥かに超える存在となっていた。
1st、2nd合わせて何本(枚)出回ったのか、僕は把握していない。
知っている人だけで20人ほどだったような。
主にvocal担当のHが普及活動をしていたが、数十本(枚)、いや、全て合わせると100本(枚)近く出回っていたかもしれない。
。
。
。
。
数年後、恥ずかしさが出てきたのか、Hは回収したいと言っていたが(笑)
つづく。。。

1997年。
このプロジェクトは、当時フツーにやっていたバンドの別バージョンとして実行された。
当時、アニメタルに続いて、アニ何とかというものが幾つも出ていた。
そのうちの1つを聴いた時、失礼ながら、「あ、コレやったら出来るぞ。お前でも出来るぞ(笑)」というようなノリで始まった気がする。
Vocalを、特に仲の良かった連れであり、特に歌の下手だった連れ(スマンw)にチェンジし、そのプロジェクトは実行された。
しかし、予想以上に彼は歌えなかった(笑)
普通に歌うことを諦め、アドリブを入れつつ叫ぶこととした。
何か吹っ切れたのか、彼は凄まじい力と才能を発揮した。
これが実行されたのが、自宅の一室。
何故か、最初に演奏した曲は、その数年前に世間を騒がせた某教団の歌だった。
ある意味、とてつもなく危ない遊びであった。
それがすごく楽しい時期だった。
自分も何か吹っ切れたのか、頻繁にそこに集まり、カバー曲やオリジナル曲を掻き鳴らし、叫び、録音しだした。
メインメンバーが同じ幼稚園出身ということで、幼稚園で育てた『ヒヤシンス』をバンド名とした。
基本的には皆、『シンス』と略していた。
(フツーにやっていた方のバンドでLed ZeppelinのSINCE I'VE BEEN LOVINGをやっていたのが関係していたような気がせんでもない。。。ヒヤシンスVocalは、ロバート・プラントの影響を受けていると言えんこともない。。。)
そして、録音に使っていた自宅の一室は『シンススタジオ』と呼ばれ出した。
つづく。。。
15年ほど(基本的に)ピックでBASSを弾いてきました。
が、最近、指弾きベーシストになろうかと。
なりたい気分。
いや、なったかも。
結婚してから、家の事情により、自分の部屋以外に楽器を置けなくなった。
まあ、当然といえば当然かもしれんが(笑)
以前は、約3部屋に散らばっていた。
そんな訳で、4月ごろだったか、Bass1本を、ある所にある予備室に置くことにした。
ちょっとした空き時間にも弾けるように、その部屋を利用する他の人も使えるように。
1月に置いた『偽ESPギター』に続き2本目だったりする。
もって行ったのは、やはりと言うか何と言うか、出番が少ないフレットレスベース『Cort Curbow 4 FL Ash BKF』。
↓このBASSを買った当時のblog↓
http://koba.org.uk/Date/20070906/
この、ちょっとした事をきっかけに、
これしかない環境におかれると、やっぱりこれを弾くわけで。
↓
フレットレスをピックで弾くのは、ちょっと違和感を感じるので、指で弾いてみるわけで。
↓
不慣れな指弾きが少し上達するのを感じ、練習が楽しくなったり。
↓
家では、ほとんど弾かず、ここでのちょっとした空き時間を見つけて練習するようになったり。
↓
ある意味、意地になって指で弾いていると、爪の間から出血(汗)
↓
深爪しにくい爪の生え方のせいもあり、指で弾くと言うより爪弾きになってしまう問題があったが、これをきっかけに問題解決(笑)
爪が深く切れるように。(右手の人差し指と中指限定)
↓
たまに家で弾いてみると、ピック弾きに違和感を感じる状態。。。
(時々、フレットがあることにも違和感を感じる勢い)
一旦リセットされたような、新しいことを始めた気分のような、頑張って練習していた高校生のころ(ここ数年は、練習なんてほとんどせず。。。)の気分のような。
そんな感じで、今は指弾きが楽しい。
FollowBaneの次回作を録るころには、全曲指弾きで弾きたい。。。が、さすがにあの速さは難しいか!?
3rdアルバムのころの速さ(ライブを意識して、人間のドラマーが叩ける曲をと考えていたころの曲)なら、それなりに弾けるようになりましたが。。。
そんな感じで、指の筋トレが日課となっています。
最近、ココでは筋トレブームなのか、数人が筋トレをしているこの部屋で、一人、指のみの筋トレ。
そんな、BASSが楽しい今の気分の現れかどうかは解らないが。。。、EdwardsのFlying V BASSのピックガードの色塗り等をしてみた。
車のパーツに色を塗ったりなんかしたついでに。。。

後ろにあるのは、昔から家にある猪木Tシャツ。
いつからあるのやら。。。


白と黒のラインも、車に貼ったステッカーの残りをウネウネ曲げながら貼ったもの。
↓このBASSを手に入れた当時のblog↓
http://koba.org.uk/Date/20081215/
そして、このBASSを持って、
8月5日。
伝説のプロジェクト復活?
久しぶりにスタジオへ。
この日、1度もピックを使わず。
この日の事は、次回少し書くかもしれないし、書かないかもしれないし。。。
。
。
。
。
そうそう、車の写真が、ある会社のブログ(7月6日頃)に載せられてしまってます。
許可はしてます。
が、少し言うてたことと違う(汗)
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